この記事の内容

2026年9月11日、ものづくり創造拠点SENTANで、豊田市の新規事業創出プログラム「SPARK」基礎セミナー④を開催しました。7月から続いた全5回のセミナーの最終回です。

テーマは、「仮説検証② AI時代のプロトタイピング」。講師は、SPARKの運営を担当する石川真之(筆者)が務めました。前回の顧客ヒアリングで確かめた課題に対して、どう解決策の仮説をつくり、どう試すのか。そして、生成AIによってその進め方がどう変わったのか。講義と、実際にAIでランディングページをつくるワークを交えて進めました。

SPARK 2026 基礎セミナー4「仮説検証② AI時代のプロトタイピング」2026年9月11日(金)14:00-17:00、会場SENTAN、参加無料。講師はAlphaDrive東海 地域共創統括責任者 兼 豊田支店長の石川真之。

開催概要

開催日
2026年9月11日(金)
会場
ものづくり創造拠点SENTAN
テーマ
仮説検証② AI時代のプロトタイピング
講師
石川 真之(AlphaDrive東海 地域共創統括責任者 兼 豊田支店長)

解決策は、提供価値から考える

顧客と課題が見えてきたとき、解決策をどうつくるか。講義の前半は、この問いに四つの角度から答えました。

出発点は、提供価値に立ち返ることです。よく知られた「ドリルの価値は穴を開けられること」という話があります。家の中を模様替えしたいけれど穴を開けるのが大変だという人にとって、本当に欲しいのはドリルではなく、簡単に穴が空いた状態かもしれない。それなら、最初から穴の空いた壁材でもよい。解決策から考えず、その人が求めている価値は何かに戻ると、選択肢が複数見えてきます。

提供価値から解決策へ降りる道筋として、三つが示されました。

課題の周辺を見る。 ヒアリングを重ねると、表面的な課題の奥に根源的な課題が見え、さらにその周りにある関心が見えてきます。食洗機も、家事代行も、ロボット掃除機も、根にあるのは「家事に割く時間を減らしたい」という同じ価値です。ただ、皿洗いが溜まる人と、1か月掃除ができていない人とでは、困りごとの形が違う。その差分に、事業のヒントがあります。

自社のアセットを使う。 同じ課題を見つけ、同じ考え方で解決策をつくれば、すぐに真似されます。提供価値までは共通でも、それを実現する手段に自社にしかないものを使えないか。作業員向けに売っていた安価で機能性の高い服を一般消費者向けに転換したワークマン、蓄積したデータで熟練者でなくても重機を扱えるようにしたコマツ。いずれも「独自の提供価値」をつくった例です。

残っている課題を探す。 顧客は課題に対して、すでに何らかの代替行動をとっています。鍵をよくなくす人が、郵便ポストに鍵を入れて帰る。本末転倒ですが、実際にある行動です。そこに残る「セキュリティが不安」という課題を解いたのがスマートロックでした。オークション形式で落札まで時間がかかる、店舗まで行かないと車を借りられない。既存サービスの残課題を解いたのが、フリマアプリやカーシェアです。ただし残課題はわかりやすいぶん真似もされやすい。だからこそ、自社のアセットと組み合わせて真似しにくい構造をつくる必要があります。

そして四つ目。とにかく、試す仮説をつくる。 解決策は、試してみないとわかりません。机上では良く見えても、顧客のところへ持っていくと全く違うことは頻繁に起こります。だから、仮説をつくり、試す。この「試す」の方法が、プロトタイピングです。

ヒアリングは過去、プロトタイピングは未来

前回のセミナーで学んだヒアリングは、顧客が過去にとった行動の事実を確かめるものでした。その課題に、すでに時間や労力やお金をかけているか。それがわかれば、課題は本物だと言えます。

ただし、過去の事実がわかっても、こちらが解決策をつくったときに本当に動いてくれるかは、まだわかりません。そこを確かめるのがプロトタイピングです。

ヒアリングは過去の事実を確かめる。プロトタイピングは、未来の行動が起きるかを確かめる。

話に付き合ってくれるか。近いものを持っていったときに使ってくれるか。使ってみて課題が解決されるか。買ってくれるか。人に広めてくれるか。発見した課題に対して、自分たちが考えたもので相手が動くかどうかを見ていきます。

そして、これをできる限り安く、速くやること。仮説を顧客に当てて修正するサイクルは300回回ると言われますが、プロトタイピングはその100回目あたりからずっと続く活動です。1年と1,000万円をかけて「違う」と言われるのは避けたい。

紙一枚が、プロトタイプになる

安く速く確かめるための考え方が、MVP(実用最小限の製品)です。完成品を分解して一部だけつくるのではなく、行動を確かめるために必要な最小限は何かを突き詰めます。

会場で練習問題を出しました。外国人観光客向けに、飲食店のメニューを写真で撮ると自動翻訳するアプリを考えている。これが必要とされるかを確かめるために、何をつくればよいか。

答えは、「英語のメニューが必要なら声をかけてください」と書いた紙を一枚、店に貼ることです。声をかけてくる人がいるかどうかで、そもそも英語のメニューが求められているかがわかります。アプリはいりません。

従来は、この紙から始めて、手作業、既存サービスの組み合わせ、デザイン、動くもの、最小限の機能セットへと、6段階で少しずつお金と時間をかけながら検証を進めるのが定石でした。

2026年、前提が変わった

しかし、この定石が崩れつつあります。生成AIがもたらした最大の変化は、何かを完成させるためのコストが圧倒的に下がり、それを誰でもできるようになったことです。

筆者はプログラミングの経験がありません。それでも今年の春から本格的にAIを使い始めて、SPARKの公式サイトを自分でつくり、イベントで感想を共有するアプリをつくり、行政のAI活用についての50ページ超のホワイトペーパーを1日かからずに書きました。特別なことではなく、同じことが誰の手元でも起きています。豊田市で今夏実施した別の育成プログラムでは、学生を含む全チームが、2週間で動くものを完成させました。

つくれるなら、つくる。

紙から順に6段階を上がる必要はなくなりました。つくれるなら完成品をつくってしまい、それを想定顧客に実際に使ってもらう。動くものを触ってもらって得られるフィードバックは、意見を聞く100回のヒアリングより深いものになります。

当日は、参加者にその場で触ってもらうために、二つのものを用意しました。一つは、豊田市の住所と家族構成を入れると、水害と地震それぞれの避難先や備蓄品を記した「冷蔵庫に貼れる防災シート」が印刷できるアプリです。これは前夜、寝る前にAIへ「明日のセミナーで参加者が触って驚くものをつくっておいてほしい」と頼み、寝ている間に完成していたものです。もう一つは、機織りから自動車をつくってきた豊田市なら次の何かが生まれるはずだ、という思いをAIで曲にした「とよたからSPARK」でした。

SENTANの会場で、スクリーンに「とよたからSPARK」のジャケット画像を映しながら話す講師と、ノートPCを開いて聞く参加者たち。
AIで制作した「とよたからSPARK」を流す会場。参加者は手元のPCで、その場で防災シート作成アプリを試した。

セミナーで参加者が触った防災シート作成アプリと、介護版のアプリはこちらで公開しています。豊田市にお住まいの方は、ぜひ試してみてください。

ものづくりの事業にも、関係がある

ここまで聞いて、「ソフトウェアの話で、自分たちのものづくりには関係ない」と感じた方もいたかもしれません。講義では、ここを丁寧に扱いました。

どんな事業でも、検証したいことは二つに分かれます。そもそも売れるかと、つくれるか・運営できるかです。前者、つまりコンセプトが伝わるか、価値を感じてもらえるか、お金を払う意思があるかは、AIでつくったランディングページやチラシ、動くものを見せることで確かめられます。後者、つまり実際に製造できるか、オペレーションが回るかは、まだ人の手と製造が必要な領域です。

6段階のうち、紙、デザイン、動くもの、最小限の機能セットはAIでつくれます。一方で、手作業と既存サービスの組み合わせは、依然として人が担う部分です。ハードウェアの事業では、この人が担う部分をいかに安く速くやるかが勝負になります。

参考になる例があります。GoProは、専用カメラをつくる前に既存のカメラに棒を取り付けて、スポーツをしながら撮影したい人がいるかを確かめました。テスラは、最初のEVスポーツカーを自社で一からつくらず、既存のスポーツカーに電動の仕組みを載せて、その概念が成立するかを確かめました。移動スーパーは、専用車両をつくる前に、普通のトラックでスーパーで買った商品を運び、本当に買ってくれるかを確かめています。

ものづくりの事業でも、いきなり完成品をつくる必要はありません。人の手で代替できないか、既存のものを借りられないか。そして、そもそも必要とされそうかという手前の段階なら、コンセプトを書いた一枚のページを持っていって反応を見るだけでも、検証は始められます。

何を確かめるのかを、決めてから試す

AIで簡単につくれるようになったからこそ、大切になることがあります。何を検証するのか、目的を持つことです。実証事業やPoCが「やること自体が目的」になっている例は、実際に少なくありません。

プロトタイピングで確かめることは、順番に五つあります。コンセプトが伝わるか、価値を感じるか、お金を払うか、運営できるか、人が集まるか。解決策を考え始めた段階では、最初の三つに集中します。

見分け方も具体的でした。つくったものを見せて、すぐに返事が来るか。具体的なフィードバックが返ってくるか。数日経ってから「いいと思います」とだけ返ってくるなら、価値を感じてもらえていない可能性が高い。使ってもらった後に、「この人にも勧めたい」と具体的な誰かを紹介してくれるか。頭に思い浮かぶ人がいないなら、まだ誰向けのサービスかが定まっていません。お金を払う意思は、仮申込のフォームや見積依頼に反応があるか、有償の実証に協力すると言ってくれるかで、実際に課金しなくても確かめられます。

AI時代の仮説検証、三つの使いどころ

終盤は、テーマ設定から解決策の検討までの「前半6か月」で、AIをどこに使うかを三つに整理しました。

一般常識は、AIで先に済ませておく。 300回の顧客訪問のうち、最初の100回は、その領域の基礎知識を得るためのものでした。未知の業界に入るとき、論文を読み、詳しい人に「何も知らないのに来るな」と言われながら理解を積み上げていた部分です。ここは確実に減ります。「この領域で新規事業を考えたい。理解すべきことをまとめてほしい」と頼めば、土地勘は得られます。

ヒアリングは録音し、AIで構造化する。 録音して議事録にし、そのデータを渡して「共通する課題や、事業の種になりそうなところを見つけてほしい」と頼む。実は、私たちがメンタリングでやっていることの多くは、参加者が集めてきた一次情報を聞き、事業の種がどこにあるかを構造化して返すことです。正直に言えば、その整理はAIが得意です。ただし、それが機能するのは、AIが知らない現場の情報を渡したときだけです。ヒアリングで出てきた言葉にならない話、日々の仕事で感じている感覚。それを入れることで、AIの答えは変わります。

早めにプロトタイピングに入る。 ランディングページやチラシが簡単につくれる今、以前より早い段階で試してよくなりました。おすすめの型は二つ。一つは、ヒアリングの最後に見せること。最初に見せると意見のヒアリングになり、相手が誘導されてしまいます。まず何も見せずに過去の事実を聞き、最後に「実はこういうことを考えているのですが」と出して、身を乗り出すか、どんな顔をするかを見る。もう一つは、個人向けの事業なら、つくったページを知り合いに送りまくって反応を見ること。どちらの場合も、解決策にこだわりすぎないことが大切です。確かめているのは解決策の正しさではなく、その課題を抱えていて行動が起こるかどうかです。

ワークシートを、AIに投げてみる

講義の合間には、二つのワークを行いました。一つは、自分の想定顧客と課題から、周辺の課題、使えそうな自社のアセット、残っている課題を整理し、解決策の仮説を書き出すワークシート。もう一つは、そのワークシートをそのままAIに渡して「ランディングページかチラシをつくって」と頼むワークです。

会社で使えるAIツールによって、できることとできないことがあります。今回はその限界を知ることも目的の一つでした。結果として、参加者の多くが、自分の事業案を一枚のページの形で目にすることができました。それを顧客に送って反応を見る。ヒアリングの最後に見せる。次の一手が、その場で手元に生まれた時間でした。

質疑では、講義に出てきた「周辺課題」と「残課題」の違いが問われました。周辺課題は、一番解きたい課題を抱えている人が併せて持っていそうな課題。残課題は、その人がすでに何かしらの代替行動をとっているのに、まだ解決しきれずに残っている課題です。どちらも、顧客をよく知るほど見えてきます。

6か月を、一緒に走る

今回で、7月から続いたセミナー・アイデア発想ワークショップ全7回が終了しました。

最後に伝えたのは、一つの結論です。テーマを決め、顧客の課題の仮説を探し、その課題が本当に存在することを確かめ、解決策をつくる。この前半戦は、言葉にすると簡単そうに見えて、実際には6か月かかります。ここを飛ばして事業化の段階に進むと、大変な作業を無駄打ちすることになります。

SPARKの実践プログラムは、ちょうどこの6か月を専属メンターと一緒に走るためのものです。実践プログラムは2026年9月18日(金)17:00まで募集中です。募集要項・応募方法をご確認ください。前半戦を終えた先の事業化については、豊田市のものづくりイノベーション創出補助金の伴走支援へつながります。

ヒアリングの回のレポートもあわせてどうぞ。「顧客は、善意で嘘をつく。」基礎セミナー③開催レポート

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